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親の常識:大宅映子(2008年) [’23年以前の”新旧の価値観”]

後藤新平という人をご存知ですか?

1857年に生まれ、明治・大正・昭和初期に活躍した人です。

もともとお医者さんでしたが、1898年に陸軍参謀の児玉源太郎の抜擢により台湾総督となり、徹底した調査事業を行ったうえで経済改革とインフラ建設を推進しました。

また、1906年には南満州鉄道初代総裁に就任し、大連を拠点とする満州経営(といっても、日本の優先的権益確保を目指すのではなく、日清露が協調して互いに利益を得る方向で)に尽力しました。

(中略)

私がなぜ後藤新平さんの話を紹介したかというと、子供を育てる大人たちみんなにも見習ってほしい点が多々あるからです。

それは彼が「100年先を見据えて国を育てるようにした」ように、今の大人たちも「30年後を見据えて子供を育てる」という視点を持つべきだと思うのです。

(中略)

もしあなたがいまも、

「一流の学校を卒業して、一流の企業に就職して、安定した裕福な生活を送ってほしい」

なんて考えているとしたら、時代錯誤もいいところです。

認めたくないかもしれないけれど、これからの時代は企業なんて当てになりません。

(中略)

いい学校に入れるとか、いい会社に就職させるのが、子育ての目標ではありません。

一回しかない人生をいかに充実させられるか、そのためには早く自分でやりたいこと、好きなことを見つけるよう環境を整え、自分で選び、生きて行く力をつけさせる。

これが大人の務めです。

30年先を見据えて、子供にいろんな経験をさせ、子供が自ら選んだ道で自立して行く姿を見届けてやる。子育てで重要なことは、ただそれだけです。


続け様に別の書籍での大宅映子さんのお言葉でございます。


大宅壮一文庫解体新書:阪本博志編(2021年)

「はじめに 大宅映子」からの抜粋

 

私は父から一番大切なことを教わった。

父は我々四人の子供に対して、”雑草教育”をしている、と世間に発表していた。

「親が雨が降ったら傘をさし、風が吹いたら支柱を添えてやり、虫がついたら取ってやれば、大輪のバラが咲くかもしれない。しかし親の庇護がなくなったら、いっぺんにしおれてしまうだろう。親がなくても、転んでも自分で立ち上がる”雑草”のように育てるのだ。」

父は中学時代から自立・自活を目指していた自分を雑草と認じていたのだろう。

だから子供たちにも女子だから門限を決めるなどは一切なし。自己責任で自由にさせてもらえた。

親になってわかるのだが、ルールで子供を縛る方がずっと楽。

”自由だよ”と解き放って子供を信じるのは忍耐も胆力もいるということだ。

 

もう一つ、ある時わが家で取っている新聞四紙並べて、父が言ったこと。

「同じ事件でも新聞によって書き方が違うだろう?新聞にのっていたからといって、それだけが正しいと信じてはダメだ。物事にはいろいろな見方がある。タテヨコナナメいろいろな角度から見ることが必要。

そしてそれを自分の頭で考えて自分の意見を構築するのだぞ。」

なんでも一色になってしまいがちな日本の風潮の中で、この一言が私にとって父からもらった一番の宝だと思っている。


昔、大宅映子さんが筑紫哲也さんの


ニュース番組(生放送)


に出演、番組がまとめたレポートに


コメントする段になったら


「なんであなたたちは、こう一方的なのよ、


これじゃ見てる人が誤解するじゃない!」


とたしなめ、筑紫さんが


あたふたしたのを見て、


テレビの前でかなりびっくりした。


こんな大人もいるんだなと。


上記の教えがあったから、


筑紫哲也さんをタジタジにさせたんですね。


でもそうなることを予想して


起用した方もすごいよね。


お飾りでは済まなそうだものね。


余談だけど、大宅壮一さんは日本のTVの創世時代、


これは面白すぎるからまずい!と警鐘を


鳴らされていたらしいことを別の書籍で


書いておられた。


スポンサー、CM・番組制作、放送という


サイクルで視聴者に届けるという


「仕組み」のことを指しておられる


ようだったと記憶している。


昨今のWeb、というかインターネット社会を


どうご覧になったでしょうかね。


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