3冊からやんわりハラリ氏の肩を持ってみる [新旧の価値観(仕事以上の仕事)]
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2017/11/27
- メディア: 単行本
柴田裕之
から
力強い声だった。
インタビューに答える著者の声は、自信に満ち、力強かった。
昨年(2016年)9月下旬、『サピエンス全史』の日本語版刊行に合わせて、版元の河出書房新社の招待で来日した著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、4日にわたって各種メディアの取材を受けた。
初日の朝、ホテルのロビーで待ち受ける私たちの前に姿を現したハラリ氏は、物静かな方だった。
ところが、上階の取材会場に移ってインタビューが始まったときに私の耳に飛び込んできたのが、冒頭に書いたあの声、華奢な体のどこから出てくるのかと思うほどの声だった。
頭が切れる人であることは一目瞭然で、さまざまな問いに、澱みなく的確に応じていく。
核心を衝く質問に対しては、熱弁を振るうこともあるが、けっして興奮するわけではなく、あくまで冷静で、ときどき喉を潤すために口に運ぶグラスは、毎回丁寧に、きちんとコースターの中央に戻す。
理路整然と語るけれど、無機乾燥ではなく、ユーモアを交え、わたしたちにもわかりやすい日本の例を引く。
圧巻はやはり最終日、午後遅くのNHKでのスタジオ収録だろう。
『サピエンス全史』を特集する「クローズアップ現代+」(2017年1月4日放送)のためのもので、インタビュアーは池上彰氏。
このインタビューのうち、実際に放映されたのは正味4分にも満たなかったが、じつは収録は予定の1時間を大幅に超えて続いた。
途中で英日担当の同時通訳者がギブアップし(同時通訳は15分ぐらいで交代するのが標準らしい)、休憩後、収録再開となった。
これがまた見事だった。
ハラリ氏も池上氏も、中断前の雰囲気や勢いをそのままに、全く途切れを気取らせない形でインタビューを続けた。
収録を終えたハラリ氏は、疲れも見せず、
新宿の紀伊国屋書店本店に直行し、
『サピエンス全史』にサインした。
その後、ようやく遅い夕食となった。
場所は近くのベジタリアンの店。
そう、ハラリ氏は原則としてヴィーガン(肉や魚ばかりでなく、卵やチーズ、牛乳などもとらない人)なのだ。
しかも、瞑想を日課としている。
インタビューの合間にも、ホテルの部屋に戻ってしばし瞑想をしていた。
『サピエンス全史』をお読みになった方は、ハラリ氏と仏教の近しさを感じ取られたかもしれないが、それはこうした背景があるからだろう。
ただし、ヴィーガンであるのは宗教的理由からではない。
私たちが人間以外に生き物を物扱いにしていることに気づき、それに与(くみ)したくないと考えたからだ。
だから、単に殺生を嫌うのではなく、動物の扱いに問題があると思われるのであれば、食肉産業ばかりか酪農の産物も口にしたくないという。
他人にも菜食を勧めるが、できるかぎりでかまわない、間違っても菜食を宗教に変えて狂信してはならないと説く。
イデオロギーの孕(はら)む危険を知り尽くした、いかにもハラリ氏らしい発想が生まれ、『サピエンス全史』でも幸福を大切な軸としたのだろう。
しかも人間だけではなく動物までも対象にして。
ところで『サピエンス全史』を読んでいると、大きくかけ離れたものを結びつけ、話に織り込むのが実に巧みなことに感心する。
こうした形で結びつきを提示するのは、遊び心もあるのかもしれないが、言わんとすることを読者にどう伝えるかにいかに腐心しているかの表れでもある。
さらに、物語(ストーリー)として語るということをとても重視している。
ではなぜそこまで心を砕くのか?
それは一つには、伝えるのが科学者の使命であるという信念を持っているからだ。
それも難解な文章や専門用語だらけの文章で学者仲間だけに伝えるのではなく、広く世間に伝えることが大切なのだ。
そしてまた、なるべく多くの人が歴史に関心を持って欲しいと望んでいるからでもある。
なぜなら、現代にとって歴史は重要だからだ。
読者にも新しい目で世界を見てほしい、先入観を打破してほしい、問いを発し、何が虚構で何が現実かを考えてほしい、人間は過去に支配されているがそれに気づいていないから歴史を学んで自己を解放してほしいーーーそれが、「現実をあるがままに見て、知る」のがモットーであるハラリ氏の願いなのだった。
そしてそれが、現代の問題の解決策へとつながるというわけだ。
それにしても『サピエンス全史』は大部の書物だ。
なぜ現生人類にまつわるこれほどスケールの大きい物語を描いたのか?
それは、母国イスラエルの大学で教壇に立つうちに、教育がグローバル史を教えていないことに気づいたからだそうだ。
歴史の大問題にはマクロの視点に立たなければ答えられない。
グローバルな現代世界が抱える問題に取り組むには、大局的な見方をすること、いわゆるビッグピクチャーを捉えることがぜひとも必要だから、というのがハラリ氏の答えだった。
同行していたハラリ氏のマネージャーのヤハブ氏との話が、たまたま本のこの部分に及んだ。
生物工学やサイボーグ工学の力を借りて永遠の命を得たいですか、と私が水を向けると、いっぺんに非死(アモータル)の超人になるというのは自分には想像がつきづらいから、少しずつ、たとえば30年寿命を延ばして、それからまた30年という具合ならいいかもしれない、という趣旨の答えをいただいた。
ハラリ氏はどう考えていらっしゃるのでしょうね、と問うと、
「He’s already superhuman.(彼は、もうすでにスーパーヒューマンだから)」とのこと。
まさに膝を打つ思いだった。
かなりストイックな生活をされていそうなのは
風貌や喋り方を見ても感じ取れますが
身近でご覧になった柴田先生の印象もそのようで
得心(とくしん)いたしました。
Book Guide
『サピエンス全史』を楽しむためのブックガイド
銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎 文庫 (上)(下)巻セット
- 出版社/メーカー:
- メディア: セット買い
人類がたどってきた道 “文化の多様化"の起源を探る (NHKブックス)
- 作者: 海部 陽介
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2005/04/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る (NHKブックス)
- 作者: 山極 寿一
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2007/12/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
「人類の思考能力とそれが生み出してきた宗教と経済や哲学などとの内在的な関係を探る」講義の記録である本書は、『サピエンス全史』に比肩(ひけん)しうる長大な射程で書かれた著者の思考の集大成的な意義をもつ巨編です。
動物的/人間的 1.社会の起原 (現代社会学ライブラリー1)
- 作者: 大澤 真幸
- 出版社/メーカー: 弘文堂
- 発売日: 2012/07/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
新版 動的平衡ダイアローグ: 9人の先駆者と織りなす「知の対話集」 (小学館新書 468)
- 作者: 福岡 伸一
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2024/04/01
- メディア: 新書
今はあまり振り返られることがなくなりましたが、世界史を文明の発生と解体という巨視的な視野で書いた歴史書はトインビーにはじまります。
世界史の中に宗教を積極的に位置付けて鈴木大拙にも強く支持されました。
『サピエンス全史』の遠い先達として読み返してみたい一冊です。
『サピエンス全史』は人類の終焉の後に新たな種「ホモデウス」が出現することを予言しています。
その未来の象徴が人工知能であることは言うまでもありません。
では人工知能は私たちにいかなる社会をもたらすのでしょうか。
これに答えた多くの本の中でも本書が出色です。
ハラリ氏の聡明な言説に打たれた後に
反対側の意見も気になるところ。
真実やいか、を思わずにはいられない。
はじめに から抜粋
年一度、全世界から政治エリート、経済エリートが集まる世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、2018年と20年に基調講演をつとめたのがイスラエルの歴史学者で未来学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏(1976年生まれ)だった。
ハラリ氏は、人類は飢餓と疫病と戦争をほぼ克服することに成功したと宣言した。
そして近未来に生命科学とAI(人工知能)を運用した紙のような人間「ホモ・デウス」が出現すると予測した。
しかし、ハラリ氏の前提は、過去3年でことごとく覆された。
20年春からパンデミックとなった新型コロナウイルス感染症(COVID−9)で人類が感染症をほぼ克服したという前提が崩れた。
22年2月24日にロシアがウクライナに侵攻した。
ウクライナ戦争は事実上、ロシアVS.(ウクライナを支持する)西側連合(その中には日本も含まれる)の本格的な戦争になった。
ハラリ氏に代わって「第三次世界大戦はすでに始まっている」と主張するフランスの人口学者で歴史学者のエマニュエル・ドット氏(1951年生まれ)の方が説得力があると現在では受け止められている。
そのため中東やアフリカでは飢餓が深刻さを増している。
人類は飢餓をほとんど克服したというハラリ氏の前提も成り立たなくなった。
世界は再び激動の時代に入った。
佐藤先生の言い分もわかるし、この書の
佐藤先生方のの対談のどれもシャープな分析で
さすがと言わざるを得ませんが
ハラリ氏をちとフォローしたくなるのは
ハラリ氏がダボス会議で言った”戦争”とは
”国家間の戦争”という意味だったのでは
ないでしょうか、と言う疑問は拭えない。
そもそもダボス会議での講演を聞いてないので
どのような力の入れ方で物申されたか不明ですが
文字だけで見ると、確かに”感染症”も”飢饉”も
前提が崩れているのは否めない。
佐藤先生も実はそんなことは調子しているのだよ
単純に”国家間の戦争”ではないことくらい
想定しておられると思うが、仮にハラリ氏の
講演内容が勇足だったとしても、
ハラリ氏の言説の本質は大きく崩れないのでは
ないかなあ、特にホモ・デウスの出現は、などと
『サピエンス全史』も『ホモ・デウス』も未読の
自分が論考深めても、全く説得力のない
夜勤前のバスで読んだ本でございましたことを
唐突に付記させていただきます。
唐突の付記つながりで、最後にもう一冊
引かせていただきたく存じます。
ユヴァル・ノア・ハラリ
脅威に勝つのは独裁か民主主義か分岐点に立つ世界
から抜粋
我々にとって最大の敵はウイルスではない。
敵は心の中にある悪魔です。
憎しみ、強欲さ、無知。
この悪魔に心を乗っ取られると、人々は互いに憎み合い、感染をめぐって外国人や少数者を非難し始める。
これを機に金儲けを狙うビジネスがはびこり、無知によってばかげた陰謀論を信じるようになる。
これらが最大の敵です。
我々はそれを防ぐことができます。
この危機のさなか、憎しみより連帯を示すのです。
強欲に金儲けをするのではなく、寛大に人を助ける。
陰謀論を信じ込むのではなく、科学や責任あるメディアへの信頼を高める。
それが実現できれば、危機を乗り越えられるだけでなく、その後の世界をより良いものにすることができるでしょう。
我々はいま、その分岐点に立っているのです。
(2020年4月15日)