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井上民二先生の書から”どえらい仕事”を考察 [’23年以前の”新旧の価値観”]


生命の宝庫・熱帯雨林 (NHKライブラリー)

生命の宝庫・熱帯雨林 (NHKライブラリー)

  • 作者: 井上民二
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 1998/04/20
  • メディア: 新書

過日読んだ中村桂子先生の書にあったので

拝読させていただきました。

はじめに から抜粋

「熱帯雨林」ということばに、私たちはどうして夢やロマンを感じるのでしょうか。

そこは、温帯に住む私たちにとってエキゾチシズム(異国趣味)の対象でした。

常夏の国に、たわわな果実が実り、珍しい植物や動物がいる、というのが一般的なイメージではないでしょうか。

昆虫が好きな人は珍虫奇虫を、人間の生活に興味を持つ人は伝統的な焼き畑農業を思い浮かべるでしょう。


その熱帯雨林が20世紀後半、急速に消失しています。

あと数十年後には熱帯雨林は1割程度しか残らないだろうと推定されています。

夢やロマンの対象であった古き良き時代は終わり、不幸にも熱帯雨林は地球環境問題の対象になってしまいました

伐採による大気中への炭酸ガスの放出は温暖化の要因の一つとみられています。

熱帯雨林には、きわめてたくさんの生物が分布するため、1992年に締結された国際生物種多様性保護条約の主要な対象地域にもなっています。


皮肉なことに、熱帯雨林の面積が減少するにともなって、熱帯雨林の研究もここ数十年、急激に進展しました。

熱帯雨林をはじめて系統的に研究したウォーレスが、今から120年前に

「熱帯の自然の豊かさと美しさは、すでに言いふるされた話題であり、あらたに述べるべきことは多くない」

と書いていますが、彼が生きていれば、きっとびっくりするでしょう。

ウォーレスは熱帯に滞在中にダーウィンと時を同じくして自然淘汰説を思いつきました。


本書では、最新の熱帯雨林研究の成果にもとづいて、熱帯雨林の多様性はどこからやってきて、現在どのように維持されているのか紹介したいと思います。

そのなかには、21世紀、有限の地球で、熱帯雨林を残しながら人類が生き残るための、さまざまなヒントが隠されているのです。


第1章 熱帯雨林の現在


炭素の貯蔵庫 から抜粋


現在の地球環境問題のうち、温暖化問題は、最近半世紀の人類活動によって大気中の炭素ガス濃度が上昇したことに起因している。

大気中の炭酸ガスを、成分である炭素量で表すという7000億トンということになる。

この大気中とほぼ同量の炭素が海を含んだ、生きている植物体の中に貯蔵されているが、その99パーセントが陸上生態系に、さらにその8割から9割は森林の中に存在する。

森林土壌中の炭素を含めると、森林中に蓄積されている炭素量は大気中の約3倍ということになる。

森林は地球の表面積の1割弱、陸地面積の4分の1しか占めないので、炭素の貯蔵庫としての森林の重要さがこの数値からも理解できる


森林のなかで熱帯林が占める割合は5割から6割といわれている。

したがって、もし熱帯林がすべて消失すれば、現在の大気中に存在する炭素量以上の炭素が炭酸ガスの形で大気中に放出されることになる。

ただし、現時点での大気中の炭酸ガス上昇の主な原因は化石燃料の燃焼で、森林伐採から放出される量の約6倍に達している。

従って、温暖化にとって深刻なのは、化石燃料の消費量のほうであることは指摘しておかなければならない。


では、具体的には炭素はどこに貯蔵されているのだろうか。

それは70メートルを超える1本1本の木を輪切りにして、高さごとの幹や枝、葉の分布を測定するという方法によって明らかにされた。


この研究は四手井綱英(京都大学)と吉良竜夫(大阪市立大学)をリーダーとした日本の研究チームが1970年代に行った

世界に誇る仕事で、熱帯林の現存量のデータとしてはいまだに唯一のものである。


その結果から、熱帯雨林は垂直方向に五層と、複雑な層構造をなしており、樹高が20メートルから30メートルで二層から三層の温帯地にくらべ、単に高さが2倍以上になっているだけではないことがわかる。

(図 熱帯雨林の森林の垂直構造(ボルネオ島)あり)

日本のブナ林など温帯林に比べ、地上部の現存量は熱帯雨林では約2倍になっている。

これは熱帯雨林の炭素の貯蔵庫としての能力が、単位面積あたり2倍であることを意味する。


第12章 熱帯雨林を保存するために


熱帯林の減少 から抜粋


18世紀末にくらべ、1990年時点では熱帯林の半分がすでに消失し、このままでいくと2030年には1割しか残らないと推定されている。

しかも、その1割も、人間に利用しにくい急峻な場所だけに、断片的に残るにすぎない。


熱帯雨林はなぜ減少したのか。

一言でいえば、熱帯林をもつ発展途上国が経済発展のために利用したからである。

森林からは木材が切り出され、先進国に輸出された。

また、一部はアブラヤシのプランテーションや牛肉生産のための牧場に変えられ、そこから生産された油や肉は国際マーケットを通じて、これも先進国に輸出された。

ここには、先進国と発展途上国の間の南北問題が存在し、先進国の大量消費が熱帯雨林の消滅に大きな影響を及ぼしていることは誰もが認めるところである。

戦後日本のスプロール化して広がった新興住宅の建設には、大量の熱帯林の木材が使われている。


総合的地域管理計画の必要性 から抜粋


いま必要なのは、個々の事柄や技術ではなく、日本でいえば都道府県ぐらいの大きさの地域を、熱帯林を保全しながら、地域住民が暮らしていけるようにする地域開発計画と、その計画に対する先進国の政府、市民の積極的なコミットである。

以上指摘してきた問題点を解消するため、地域開発計画には、以下のゾーンが適切に配置される必要がある。


(1)自然保護地域

(2)国立公園

(3)非木材利用地域

(4)集約的利用地域

(5)生産工場


熱帯雨林の保存も理念を議論する時代から、具体的な保全政策の策定と実行の時代に入ったようだ。

もうあまり時間は残されていない。


解説 林冠に架けた夢


加藤真(京都大学助教授)から抜粋


この本の原稿は最初、NHK「人間大学」のテキストとして出版される予定だった。

「生命の宝庫・熱帯雨林」という題で、1997年10月から12月にかけて井上さんの講座が全国に放映される予定になっていたのである。


サラワクのランビル国立公園には、熱帯雨林の研究に励む学生七人が滞在しており、井上さんの到着を今や遅しと待ち構えていた。

井上さんは彼らに、「うまいもんなんでも食わせてやるからミリの街で待ってろ」と、前もって連絡していたのである。


当日、学生たちはすでにブタの丸焼きを注文して、ミリのレストランで待っていたという。

井上さんを乗せブルネイを飛び立った飛行機はその日、サラワクのミリの空港には到着しなかった。


飛行機事故が確認されたのは次の日だった。

飛行機は、井上さんが愛し、研究生活のすべてを注いだランビル国立公園の熱帯雨林のまさにその中に墜落していた。


49歳で逝ってしまった井上さんがやり残したことはあまりにも多いが、東南アジアの林冠研究の第一段階はみごとなほどの成果を生んだ。

彼はサラワクへの旅に出る直前に、251ページにも及ぶ英文の一斉開花の報告書と、本書の原稿の構成を終えていた。


出演することになっていたNHK「人間大学」の熱帯雨林の講座は、本人の突然の死によって実現を見なかったが、彼の情熱と夢はこの本に託されている。


井上先生の無念は計り知れず、言葉にできない。


この書からだけの判断しかできないのですが


情報を収集して本質を見極めるという点でも


ものすごい仕事をされたと言えるだろうなあと。


問題点を当事者の目線で掬い上げ、改善策を提示


っていえばアレだけど、なんせ相手は”熱帯雨林”


だからなあと。


亡くなってからすでに四半世紀経過したが


井上先生の仕事がどえらい成果を生んでそこから


新たな発展も窺える現状もあるのだろうが


憂うべきところも多くあるのだろうなと。


フェアトレードなどもその一つなのではと


勝手に推測。あまりこの手の事に詳しくない


自分のような市井のものも


この仕事の進め方は強く刺激されるものがある。


仮にNHKで放送されてたらさらに多くの人たちへ


伝播していただろうし、井上先生のスピリッツを


継承されただろうと思うと残念でなりません。


まったく縁もゆかりもない自分でございますが


この書を読んで感じた感想でございました。


井上先生と食事の約束をしていた学生さんたちの


その後の活躍も期待したいと勝手に願っているけど


それは余計なお世話なのかもしれないと


夜勤で仕事場に向かう揺れるバス中で読みつつ


明けの朦朧とした頭で思った次第でございます。


 


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