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若者よ、マルクスを読もう:内田樹・石川康宏共著(2013年) [’23年以前の”新旧の価値観”]


若者よ、マルクスを読もう 20歳代の模索と情熱 (角川ソフィア文庫)

若者よ、マルクスを読もう 20歳代の模索と情熱 (角川ソフィア文庫)

  • 出版社/メーカー: 角川学芸出版
  • 発売日: 2013/09/25
  • メディア: 文庫

文庫版まえがき 内田樹 から抜粋


歴史上、「マルクスのように発想し、マルクスのように推論し、マルクスのような修辞を駆使した」人は彼以外におりません。

これは誰がなんと言おうと天才の仕事です。


どのような領域においても、天才の仕事に触れる経験は、僕たちの魂にある「震え」のようなものをもたらします。


世の中にはマルクスは「政治的に正しいこと」を述べているので読むべきだというふうに考えている人がいます。(たぶんそういう人が「マルクス読み」の中で多数派でしょう)

でも、そういうかたちでの推奨は「マルクスは政治的に間違ったことを述べているから、読むべきではない」というタイプの批判とぶつかるといきなりデットロックに乗り上げてしまいます。

一方は「正しい」と言い、他方が「間違っている」という場合、常識的な若者なら「いずれ正否の結論が出るまで急いで読むこともないか」と判断します。

それがふつうです。

内容の正否について非妥協的な対立があるテクストについては、とりあえず「歴史的判定」が下るまで読まずに放っておくというのは一つの見識です。


『ノルウェイの森』に出てくる「永沢さん」という印象深い青年は「死後30年を経ていない作家の本」は原則として手に取らないということをルールにしていました。

「俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄にしたくないんだ。人生は短い」(村上春樹『ノルウェイの森』(上)1987年57頁)


評価の定まっていないものを探すことで


本質というか本物というか


そういった何かに近づくことができる


最大の一歩だと考えてた30年前


今思うと間違ってはいなかったと思うけど


それができた所以は「若さ」だったのかなと。


評価の定まった本や音楽や、人物を


軽々しく選択することは


もしかしたら邪道で、まやかしなのでは


とか悩んだ時期も、あるっちゃああるけど


今はもうそんなこと考えてる時間はない。


風雪に耐え現代に残っているもの、


例えば古典と言われてるものたちは


自分の凡庸な何かを刺激してくれるので


もうそれだけで結構でございます。


ありがたく拝受いたいます。


ゆえにマルクス&エンゲルス、自分にとって


最高に興味がある人物たちに今、なっております。


マルクス主義(の一部)を綱領に掲げて成立した国家がソ連東欧圏をはじめとして軒並み「あれは間違っていました」とカミングアウトしてしまった現在となっては、「時の洗礼」はマルクスに「否」の判定を下したのだから読む必要はないと思う人たちの方が多いのも当然といえば当然です。


でも、僕はこれまでずいぶんたくさんマルクスを批判する人たちの説を読んできましたけれど、どうも彼らがマルクスは「読むに値しない」というときの根拠が「政治的主張」の間違いに限定されるようなので、それはちょっと違うんじゃないかと思うのです。


というのは、マルクスの政治的発言はあくまで、彼の生きていた時代のヨーロッパの政治的状況の中での、「特殊解」に過ぎないからです。

マルクスの分析が適切であったケースもあったし、それほど適切でないケースもあった。

そんなの人間にとって当たり前のことです。

すべての政治的事件についてつねに正しい解釈を下し、最良の処方を示し、未来をぴたりと予見してみせた賢者なんて人類史上一人もいません。


たしかに、マルクスは多くの誤りを犯しました。

本書の中で僕も指摘していますけれど、例えば『ユダヤ人問題によせて』や『ヘーゲル法哲学批判序説』においてマルクスが述べていることの一部については僕は同意することができません。

(僕は心情的にはマルクスやエンゲルスよりもクロポトキンに親しみを感じています)

でもそのことと「マルクスは万難を排してでも読むに値する思想家である」という僕の批判は少しも矛盾しません。


マルクスは人類史上に特記されるべき知性です。


僕が興味を持っているのはマルクスの「スタイル」、「彼以外の誰もしなかったような仕方」です。「技法」と言ってもいいし、「手さばき」と言ってもいい。


マルクスを読むというのは、何か「正しいこと」を学ぶための「勉強」ではありません。

それは天才的作曲家の音楽を聴いたり、天才的画家のタブローを見たりするのと同質の経験です。

僕たちの日常的な思考の枠組みを超えて「切迫してくるもの」に圧倒される経験です。

僕が若い人たちに「マルクスを読みなさい」とお薦めするのは「モーツァルトの音楽を聴いたことがない」とか「ゴッホの絵を見たことがない」という若者がいたら、「それは一度触れておいた方がいいよ」と告げるのと同じような意味においてです。


『共産党宣言』


書簡3 石川康宏から内田樹へ


マルクス主義以前の若いマルクス から抜粋


『ユダヤ人問題によせて』(1843年秋執筆)『ヘーゲル法哲学批判序説』(43年末から44年1月執筆)、『経済学・哲学草稿』(44年4月から8月執筆)の三つにおいては、私は「マルクス主義以前のマルクス」あるいは「マルクス主義に接近しつつあるマルクス」の書きものであり、これを「マルクス主義としてのマルクス」が書いたとは言えないと思っています。

もちろん同一の人格であるマルクスの思想的な成熟の過程に、ある年、ある月のどこかに「はい、この日から先がマルクス主義のマルクスです」とはっきりとした境界線が引けるわけではありません。

しかし、後に「マルクス主義」あるいは「科学的社会主義」という名で呼ばれるようになるマルクス等に特有の思想体系が、明確な形を取っていくその最初の現場となったのは、『ドイツ・イデオロギー』(45年11月から46年夏執筆)だったように思っています。


そこには、やはりマルクスらしい経済学はほとんど何も登場しませんが、それでも人間社会の構造と歴史を丸ごととらえる史的唯物論の基本的な構成と、それに対応する限りでの共産主義革命論が、はじめてまとまった姿で現れます。

そう考えると、(略)47年末からの執筆である「共産党宣言」も、マルクス主義者としてのマルクスにとっては、きわめて早い時期の書きものだということになるわけです。


カール・マルクスは、1818年5月5日にドイツ、ライン州のトーリアに生まれてます。

35年にギムナジウム(高校のようなものですね)を卒業し、ボン大学とベルリン大学で法学や哲学などを学び、ベルリン大学では青年ヘーゲル派と呼ばれるグループに属して、ドイツの政治や思想について大いに議論を交わしたようです。


昨今よく思うことは、ドイツという国ではなぜ、


このような論説をされる文化が育まれるのだろうか?


哲学というとドイツは筆頭に上がるのはなんでか?


ヒットラーを産み、台頭させたことと関係あるのか、ということで。


もちろんヴィクトール・フランクルも然り。


史上最年少で哲学科の大学教授に抜擢された現代の新進気鋭、


マルクス・ガブリエルさんは


カール・マルクスと同じボン大学だったとこの本で気がついた。


マルクスとエンゲルスとの出会い から抜粋

後にマルクスと生涯の友となり「同志」となるフリードリッヒ・エンゲルスは、1820年11月28日に、マルクスと同じライン州のバルメンに生まれます。

マルクスより2歳半ほど年下です。

ベルリン大学の聴講生になったエンゲルスが、半年先にベルリン大学を卒業していたマルクスの噂を学内で耳にするところから始まります。

マルクスのボン大学への就職を励ましたブルーノ・バウアーが、42年3月に教授を解任されてしまった後、エンゲルスはそれに抗議して書いた「信仰の勝利」(42年6から7月執筆)という詩にマルクスを登場させました。


 トーリア生まれの黒ん坊、芯の強い怪物だ

 彼は歩いたり、はねたりしない

 踵で跳び上がるのだ

 怒りをほとばしらせて猛りたち、

 広大な大空を、むんずとつかみ、

 地上に引きおろそうとするするかのように

 もろ腕を空中に突きのばす

 怒りのこぶしを打ちかため、

 休みことなく荒れ狂う、

 よろずの悪魔に前髪を

 とりつかれまでもしたかのように

  『マルクス=エンゲルス全集』第41巻大月書店325頁)


二人が実際に顔を合わせるのは、エンゲルスがマンチェスターへ渡る途中で、「ライン新聞」の編集部に立ち寄った、42年11月が最初のことであったようです。

しかし、この出会いは不調に終わりました。

晩年にエンゲルスはこの時のことをこう振り返っています。

「私はそこでマルクスに出会いました。

そのおりに私たちははじめてごく冷ややかなめぐり合いを持ちました。

マルクスはそのころバウアー兄弟に反対の態度をとっていました。

……私はバウアー兄弟と文通していましたので、私は彼らの同盟者とみなされる一方、マルクスは彼らからあやしまれていたようです」(エンゲルスからフランツ・メーリングへの手紙、1895年4月末『全集』第39巻411頁)


二人の関係の劇的な変化は『独仏年誌』に掲載されたエンゲルスの論文「国民経済学批評大綱」に、マルクスが強い衝撃を受けたことから始まります。

二人の終生変わらぬ交流と共同の歴史は、そこから始まるのです。


石川氏が引用した邦訳書

*『共産党宣言

 『共産党宣言 共産主義の諸原理』(服部文男訳・解説、新日本出版社)

*『ユダヤ人問題によせて』

*『ヘーゲル法哲学批判序説』

 『マルクス=エンゲルス全集第1巻』(大月書店)

*『経済学・哲学草稿』

 『マルクス パリ手稿・経済学・哲学・社会主義』(山中隆次訳、お茶の水書房)

*『ドイツ・イデオロギー』

 『(新訳)ドイツ・イデオロギー』(服部文男監訳・解説、新日本出版社)「科学的社会主義の古典選書」)


内田氏が引用した邦訳書

*『共産党宣言』

 『共産党宣言』(大内兵衞・向坂逸郎訳、岩波文庫、なお内田氏の引用は1951年初版より)

*『ユダヤ人問題によせて』

*『ヘーゲル法哲学批判序説』

 『ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説』(城塚登訳、岩波文庫)

*『経済学・哲学草稿』

 『マルクス・コレクション I 」(中山元他訳、筑摩書房)

*『ドイツ・イデオロギー』

 『新版 ドイツ・イデオロギー』(花崎皋平訳、合同出版)


資本主義や現代の社会システムが制度疲労で


瓦解していると言われ久しいけれど


コロナ禍・戦争が継続しているリアルにおいて


新しい社会はどこに向かい、何を必要としているのか


賢人たちの言っていたことを今なら当時と違った


穏やかな本質があるのではなかろうか、


そこから新しい社会に向かうのかも。


自分も若い頃、不夜城で働き詰めで、


グローバル・キャピタリズムの餌食となり


命からがら、家族の支えあり、賢人の声ありで


生き延びてきた身としては(若干言い過ぎか)


まだまだ気になる今日この頃でございます。


様々なエリアでコミュニティを成す


プロレタリアートのみなさん、団結しましょうよ!


って穏やかなマルクス風に結んでみました。(何のために?)


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