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柳澤桂子先生の書から”リアル”を考察 [新旧の価値観(仕事以上の仕事)]

認められぬ病―現代医療への根源的問い (中公文庫)


認められぬ病―現代医療への根源的問い (中公文庫)

  • 作者: 柳澤 桂子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1998/02/18
  • メディア: 文庫

寝る前に、コツコツ読める本があるのは


自分にとってかなり至福の状態であり


この書もその一つではあるのだけれど


辛い、の一言であります。


何度か途中で本を伏せて天を仰がざるを得ない


現実、リアルな書だった。


10 抗コリン剤の副作用!


から抜粋


入院してから丸3ヶ月が過ぎた。

検査の結果についても説明のないまま日がたっていくことに焦りを感じはじめていた。

その頃から私は立って歩くとふらつくようになった。

日を追ってその感じは強くなっていく。


主治医の坂本にそのことを告げたが、気にしないようにとのことであった。


幾部屋か先にあるトイレまで歩くことが困難になってきた。

看護婦にも話してみたが、先生から介護の許可が出ていないので、なんとかして自分で歩くようにという。


辛かった。這って行きたかった。

となりのベッドの人のスリッパを借りて、手に履いてトイレまで這って行こうかと真剣に考えたが、パジャマを着て廊下を這っている自分の姿を思うと勇気がなかった。

廊下の壁にしがみついて歩いた。


また1ヶ月が過ぎた。

症状はひどくなる一方であった。

1分間に72前後であった脈拍は40前後に減っている。

朝起きて立ち上がった途端にめまい、腹痛、おう吐が起こるようになった。


卵巣を摘出するまで月に一度起こっていた腹痛発作と、まったくおなじである。

それが、毎日、あるいは1日おきという頻度で起こった。


新聞が目の前にあっても、それを手にとって読もうという気持ちはまったく起こらない。

大好きな読書もしなくなり、音楽も聴かなくなった。

「まるで植物みたい」

自分でつぶやいて、はっとした。

「そうだ。植物だ」

どうしてそのとき、ひらめいたのか自分でも不思議であった。

しかし、一瞬にして私には読めたのである。


動物には交感神経と副交感神経があり、そのふたつが拮抗的に働いている。

怒ると交感神経が活発になり、心臓は早く打ち、怒髪天を衝く状態になる。

副交感神経はそれと反対の作用をもっている。


副交感神経が優位になると、心は穏やかになり、逆に消化器系が活発に動きはじめる。

このような特性から、交感神経を動物神経、副交感神経を植物神経と呼ぶこともある。


私は自分の状態を、副交感神経が異常に優位にたった状態と判断した。

抗コリン剤は副交感神経の働きを抑える薬である。

それを多量に長期にわたって服用したために、副交感神経が逆にコントロールを逸脱して、異常に活発に働きはじめたのだと考えた。

生体が薬物に対してそのように反応することは、長年生物を扱ってきた私には容易に想像がついた。

「抗コリン剤の副作用!」

からだを戰りつが走った。すぐに薬を止めようと思った。

痛みくらい我慢すれば良いのだ。


念のために私は主治医の坂本にもう一度、これまでに服用した抗コリン剤の量を告げ、その副作用について聞いてみた。

坂本の答えははっきりしていた。

「こういう薬はどこの病院でも長期に投与するもので、副作用の心配は絶対にありません」

私は退院を決意した。


あとがき


から抜粋


私の医療体験の中で最も辛かったことを、ここでもう一度繰り返すと、病気の原因が精神的なものであるといわれたことではなく、精神的な原因で病気になるような人には手を貸す必要がないという態度で接せられたことである。


長年に及ぶこのような扱いの繰り返しの中で、私は自分自身が何か罪を犯した人間として責められているような気持ちにさせられていった。

このように強く感じさせるものが医療の中にあった。


この後、精神的疾患の患者を品位の低いもの


とみなすことを糺すエピソードが出てくる。


”身体”と”精神”で根本的な機構に差はない


ということがこれからはっきりしてくるだろうと


ご指摘され、40年前から比べれば柳沢先生の


言説におよそ近くなっていると感じるのは


心療内科という文字が多く目につくようになった


ただいま現在の街の病院のサインが証明している。


それにしても、この書は”告発”ではなく、


”警鐘”であるというスタンスというか態度で、


手術され卵巣摘出されても治らず


合わない薬を投与され続けていても


フィクションの形になっていたり、


闘病中に父上が肺炎で亡くなった時、


若い医療スタッフの適切な処置と思えない


対応と説明なきまま、無言の帰宅をされた


父上を囲んだ家族会議の際、


その医師や看護婦の未来を閉ざしたくない


とされる父上譲りの未来志向なポジティブさにも


桂子先生らしさが現れていると感じた。


そういうところで争うつもりはなく


医療のシステムへの”警鐘”であるという点。


それは一旦おいておいて、何度も入院されての


出会いと別れの小さなエピソードも忘れ難い。


エピソード自体は小さくても確実にあった


ヒトの人生であり、リアルであったという証か。


また、研究員だった頃の話もあり、学者さんって


こういうことを思うのだなあ、というのも印象的。


アメリカまでいき手塩にかけ育てたマウスたちが


四苦八苦ありつつやっと予定通り育ち、


いよいよ研究結果の朝4時に眠れずに


そのまま研究所に向かわれる。


1 今は手術の時期ではない


から抜粋


正常マウス由来の細胞は球状の大きなかたまりをつくっていた。

一方、異常なマウスの細胞のかたまりは小さく形も不規則である。

正常な細胞と異常な細胞では細胞間の接着性にちがいがある。

それはおそらく細胞の表面にあって細胞の接着に関与している分子にちがいがあるのであろう。

これでこのマウスのもつ異常を分子レベルで追求していく手がかりが得られたことになる。


外はすっかり明るくなっていた。

私のからだは感動に震え、静かに目をつぶった。

神様、おそらく人類として最初にこの事実を知った人間がここにいます

信仰を持たない私にも、神は感じられた。


研究とは神との対話である。

謙虚に自然に対して耳を傾けるとき、何かが語られることがある。

与えられるのである。

自分が発見したなどと考えることはできない。


研究の様もわかる貴重なエピソード類もあり


現代医療を問うという違う意味でも


興味深い、読ませる書だった。というのは


妻と子供が交代で寝込んでいたため


家族が欠けるといかに家の中が暗いかを


リアルに感じたここ半月だったからだろう。


 


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