松井博士の書から”問いの重要性”を読む [新旧の価値観(仕事以上の仕事)]
- 作者: 松井 孝典
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/11/29
- メディア: 単行本
題名が気になったので手にとる。
この書は松井先生というよりも
インタビュアーとの合作ではないだろうか。
問いの立て方を厳しく追求されていた
松井先生の胸を借りて制作されたことを思えば
むしろ佐藤さんが著作とも言えると思った。
なぜこの本があるのか?ーーインタビュアーからのまえおき
パキラハウス 佐藤雄一
から抜粋
ここにいるのは、宇宙、地球、生命をめぐる根源的な疑問に答え、文明の現在と未来を論じる演壇の向こうにいる松井氏ではありません。
このような形でこの本が実現したのは、中学、高校を同級生として過ごしてきた私の懇望(こんぼう)によります。
中学時代の松井君は、色浅黒く剣道がやたら強いだけの少年でしたが、高校になってからは、とくに際立つところは見られなくなりました。
40代も終わりに近づいて余裕のできたきたある夕刻、同級生たちはかつてのクラスメートが経営する本郷本町のレストラン「兎(うさぎ)」に会して、松井教授の私的講義を受けました。
「地球はいかにして水惑星となったか」が演題でした。
それぞれの閲(けみ)した人生の成果を、顔の皺やら上質な衣服やらで表現した同級生たちでしたが、話が進むにつれて男も女も想像を絶する時空スケールに途方に暮れた顔になっていきました。
やがて50代も押しつまると、店じまいにかかる雰囲気が日常にたちこめ始めてくるのでしたが、ふと、朝刊を開くと、世界的な科学者になったのだと片づけていた松井氏が、思想家の相貌(そうぼう)を湛(たた)えるようになって、中曽根康弘氏と対談しているのです。
しかも、彼の方が国の未来像について宰相(さいしょう)から示唆を求められているのです。
なぜ、自分の人生はこのようなもので、松井君の人生はあのようなものなのか?
なぜだ?
どこがどう違っていたのか?
どうしたって、この悩ましい疑問が頭をもたげてきます。
なにしろ、読みさしの新聞をおいて対談をしに出かけて行った私の相手は、中曽根康弘氏ではなく回覧板を届けにきた隣の藤井さんのおばあさんで、テーマはゴミ出しの変更についてだったのですから。
こういうことが全国のあらゆる学校のクラスメートの関係において起こっているし、現在中学、高校のクラスメートにも、将来確実に起こりうるのです。
笑いごとではないのです。
私はこれらの悩ましさを代表して、一体彼の人生には何が起こっていたのかを知ろうと思いたち、インタビューを申し込みました。
かなり引きこまれる”まえおき”。
松井博士と懇意にされていただけでなく
おそらく共通の価値観とか言語感覚
同時代の空気を共有していたもの同士だけに
許された関係性だったから出来た書
なのだろうと勝手に推測する。
若い人向けに書かれていて、クラスメートの将来の
変節・時間性を説かれるが、これは中年くらいまでも
当てはまるのではなかろうかと思った。
会社内外での、または定年後の関係性の逆転とか。
書自体は、問いの立て方がスマートで
平易な表現と理解しやすい章立てで構成されている。
それでも、佐藤さんご自身も指摘もされてるが
「わかった」気にはなれない松井先生ワールド。
それとは別の話で、松井先生の別の著作で
語っていたが本当に中学は剣道・高校時代は
特に抜きんでた存在ではなかったという証言。
謙遜とは無縁な人なのかなと
どうでも良いところに感心してしまった。
なかなか難易度高い松井先生の世界ですが
この”まえおき”が最高に面白くて
雪のため物流が止まってしまったため
もやしの代わりにえのきだけを使っての
ラーメンを食べつ、書を読みつ、とさせて
いただきながらの読書でございました
事を告白いたします。