科学は未来をひらく: 〈中学生からの大学講義〉3 (ちくまプリマ―新書)



  • 出版社/メーカー: 筑摩書房

  • 発売日: 2015/03/06

  • メディア: 新書




私のなかにある38億年の歴史

ーー生命論的世界観で考える


中村桂子


原発事故で明らかになった20世紀型科学の欠陥 から抜粋



私は、25年ほど前から、科学を踏まえながら生命の歴史性に注目する知を提唱しています。


今日はその「生命誌(Biohistory)」という新しい知の基本となる考え方についてお話しします。




20世紀は、科学とそれに基づく科学技術がひじょうに発達した時代でした。


しかし、残念なことに、20世紀後半は「とにかく産業(経済)を盛んにしよう」という考えが強くなり、産業に役立つ科学技術だけを素晴らしいものだと思い込んでしまったのです。


知識を得るということより、みんなが健康になるため、さらに産業を興してお金儲けをするため…そういうことのためだけに科学はあると捉えられたのです。




もちろんそれは大事なことで、全否定するつもりはありません。


ただ人間の役に立つとか健康のためと考えると、どうしても「答え」が必要になります。




答えをだすためだけに科学があるのではないと私は考えています。




「考える」ことが重要なのです。


答えはもちろん大事であり、考えて考えて考え抜けば答えは出てきます。


しかし、一つの答えが出てくると、もっと難しくて、でもおもしろい問いが必ず生まれてくる。


「答えを見つけたらオシマイ」ではなく、ずっと考えつづけること。


これがとても大切なのです。



虫を愛づる文化を持つ日本という国 から抜粋



今お話ししたような新しい世界観を支える言葉を最後にご紹介します。


「愛づる」です。


この言葉は、平安時代後期の短編物語集『堤中納言(つつみちゅうなごん)物語』に収められている「虫愛づる姫君」という物語から拝借したものです。


少し説明しましょう。




およそ1000年前の京都に、ちょっと変わったお姫さまが暮らしていました。


男の子たちに虫をたくさん集めさせたうえ、1匹づつ名前をつけてかわいがっていたのです。


お姫様のいちばんのお気に入りは毛虫でした。




両親はちょっと困っています。


このお姫様は裳着(もぎ)を済ませたりっぱな成人(13歳くらい)なのですが、お歯黒や引眉(ひきまゆ)といった当時の女性がしていたお化粧をまったくしないのです。


両親が注意しても「人間はそのままの姿がいちばん美しいのだから」と相手にしません。




あるとき、両親が毛虫をかわいがっているお姫さまに


「そんなことばかりしていたらダメですよ」と注意します。


しかしお姫様はこう言いました。


「みんなはチョウになったらかわいいと言い、毛虫のときは気持ちが悪いと言う。でも、チョウになったらすぐに死んでしまうのだから、むしろ生きる本質は毛虫にあると思うのです」とーーー。




「この姫君はすばらしい」


と思うのです。


日本文学の中では変人と言われていますが、生きものをよく見つめ、真剣に調べて、その本質をつかんだ上で自分の生き方を選択しているのです。


これは現代に通じる世界観だと思います。




ちょっと調べてみました。


日本以外の国で1000年前にこれだけ自然と生きもののことを考えた人がいたかと…。


でも、いませんでした。




日本は、自然についてよく考える、すぐれた国なのです。


なぜでしょうか?


それは日本の自然がすばらしいからです。


砂漠の真ん中では「虫愛づる姫君」のようなお姫さまは生まれようがありません。




1000年前からつづく、自然を大切にする日本の文化を受け継ぎながら、コンピュータなど新しい技術を生んだ20世紀も踏まえたうえで、新しい科学や科学技術をつくっていくこと。


21世紀はとてもチャレンジングな時代です。


私はこのような新しい社会はできると思います。


逆にできなければ、人間の未来はあまり明るくないでしょう。




自分の体のなかには38億年にもおよぶ生きものの歴史が入っているという事実。


それをベースにものごとを考えていく「生命論的世界観」を持つこと。


それを忘れないで、日常生活を過ごすようにしてください。



◎若い人たちへの読書案内


すばらしい科学者によるすてきな本



湯川秀樹『宇宙と人間 7つのなぞ』(河出文庫)


江上不二夫『生命を探る』(岩波新書)


ジェームス・D・ワトソン『二重らせん』(講談社文庫)



中村先生の「愛でる」思想は


ここからだったのかと興味深い。推薦書も気になる。


他、各先生方も興味深いものがありますが


長谷川先生の推薦書への言葉がかなり愉快だった。


その他、各先生の推薦書をピックアップいたします。


長谷川眞理子


◎若い人への読書案内



アルフレッド・ラッセル・ウォレス著


アマゾン河探検記』青土社


ダーウィンとともに自然選択による進化を考えついたウォレスによるアマゾン河の自然だけにしぼって圧巻


現代の若者たちにとっては、未知の世界の探検に行く、というようなことは、もはやあまり想像がつかないことかもしれない。


それだけではなく、生物学を目指そうとする学生にとっても、さまざまな「生の」自然に触れるという経験はあまりない。


生物も地理も人間も文化も、世界がいかに多様性に満ちているかということを知るためにお勧めしたい。




スーザン・クイン著


マリー・キュリー(1・2)』みずす書房


キュリー夫人のことは誰でも知っているに違いない。


女性初のノーベル賞受賞者で、しかも物理学と化学の二つの賞を獲得した、素晴らしい科学者である。


しかし、彼女の人生は、子ども向けの「偉いひとの伝記」などではとても計り知れない激動の人生だった。


一人の女性としてのマリー・キュリー、研究への情熱、あの時代は彼女をあのように扱うしかなかったという時代の限界など、いろいろな読み方ができる伝記。




ブレンダ・マドックス著


ダークレディと呼ばれてーー二重らせんとロザリンド・フランクリンの真実』化学同人


DNAの発見については、ジェームス・ワトソンの著書『二重らせん』(講談社)が有名だ。


あれはあれで十分おもしろい。


が、その陰に、ロザリンド・フランクリンという女性科学者がいた。


本書も、先の書物と同じく女性研究者の伝記だが、なんといっても最終的に二つのノーベル賞に輝いたキュリー夫人とは大違い。


キュリー夫人の時代とは様変わりして、研究をめぐる競争がえげつないまでに熾烈(しれつ)になった状況での、女性研究者の人生の物語である。


ガンで夭逝してしまったのは残念でならないが、ワトソンの『二重らせん』と読み比べてみると感無量である。



村上陽一郎



◎若い人への読書案内


小林傳司著『トランス・サイエンスの時代』(NTT出版)


村上陽一郎著『科学の現在を問う』(講談社現代新書)


アル・ゴア著『アル・ゴア未来を語る』(中小路佳代子訳 講談社)



佐藤勝彦



◎若い人への読書案内


ガモフ著『不思議の国のトムキンス』(白楊社)


バロー著『宇宙のたくらみ』(みすず書房)



高薮縁(たかやぶゆかり)



◎若い人への読書案内


ソロモンの指輪』コンラート・ローレンツ著


怒りの葡萄』スタインベック


イワンデニーソビッチの一日』ソルジェーツィン



西成活裕



◎若い人への読書案内


吉川英治著『三国志』(講談社)


マーク・ピーターセン著『日本人の英語』(岩波新書)



福岡伸一



◎若い人への読書案内


ニック・レーン著『ミトコンドリアが進化を決めた』(みすず書房)


スティーヴン・ジェイ・グールド著


ワンダフル・ライフ』(ハヤカワ文庫)


人間の計りまちがい』(河出書房新社)


パンダの親指』(ハヤカワ文庫)


リチャード・ドーキンス著『利己的な遺伝子


中垣俊之著『粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う』(文春文庫)



若くない自分でも読みたくなります。


各先生たちの特色を活かしたものなのだろう


けれど、群を抜いて気になったのは藤田先生の


推薦書とその推薦文でございました。


この2冊は意表をついている。


ご本人はそんなつもりなくこの書達が


自分のベースとなっているという事なのだろうが


そういうものの方がありがたかったりするなあと。


藤田紘一郎



◎若い人への読書案内


本多勝一著『極限の民族』(朝日新聞社)


私たちの作った現代文明は、より便利に、より快適に、より清潔にというような合理性と功利性を追求してきました。


しかし、「便利・快適・清潔」だけを一方的に求め、ひたすら経済効率のみを追求する社会では、人は正常な生き方ができないと私は思っています。


そのことを気づかせてくれ、実際に私自身がそのことを確かめてみるために、ニューギニアの高地民族やインドネシアのダヤック族、イラクの遊牧民などを訪れるきっかけを作ってくれたのが、この本だったのです。




星新一著『未来いそっぷ』(新潮文庫)


この本では、語り継がれた寓話などを、楽しい笑いで別世界へ案内する33編のショート・ショートで紹介しています。


しかし、よく読んでみると、たんなる楽しい笑いではありませんでした。


たとえば「たそがれ」の章では、朝起きてみると森羅万象、世の全ての自然や物品が疲れ果ててしまっていました。


あまりに長い長い間、人間たちに使われ、人間たちに奉仕し続けてきた結果、その疲れが一度に出て、死んでしまったのです。


しかし、人間だけは健在でした。


人間以外の全ては、人間による酷使に耐えかね、老衰状態になってしまったのですが、人間だけは元気だったという内容でした。




私たちが良かれと思って作り上げた「文明」に規制されながら進化すると、いつのまにか立場が逆転し、その文明に飼い慣らされた状態になるのです。


そのことに少しでも気がついてほしいという思いを込めて、この2冊を推薦したいと思います。



藤田先生のは自分としては目を引いたけれど


ただいま現在、今の時点ではってことで


なんだかとても腑に落ちるとでも


いうのでしょうか、こういう先生にもしも


若い頃会っていたらとてつもなく


影響されたであろう気がする


5時起床の早番勤務の1日でございました。


また日が経つと感じ方も変わるので


ございましょうが。