還暦からの人生戦略 (青春新書INTELLIGENCE 622)



  • 作者: 佐藤 優

  • 出版社/メーカー: 青春出版社

  • 発売日: 2021/06/02

  • メディア: 新書






まえがき


から抜粋



2020年1月18日、私は還暦を迎えた。


それから1年と少したって、生活に変化が起きたことを実感する。




第一に、しばらく連絡が途切れていた高校時代の友人と会ったり、電話で話したりすることが増えた。




「佐藤、再雇用になり3ヶ月経って気づいたんだけど、貯金が目減りしていく。こうして少しずつ自分の貯えを切り崩していくのが今後の人生なのかと思うと、何とも形容しがたい不安に陥る」といわれた。


高校教師だった友人からは、


「講師として週5回勤務すると、教えている内容は変らないのに、給与は現役時代の6割、週4回だと4割になる。


それと、担任を持たないので生徒との関係が希薄になり、寂しい」


という話を聞いた。




本書で私が提示する処方箋は、そのような環境で強く生き残っていくためのものだ。


それには、できるだけ早い時期に周囲が決める他律的評価で生きることをやめ、自律的価値観を持つことが重要だ。




第二は健康だ。還暦を過ぎるとほとんどの人はどこかに身体の不調を抱えている。


私の場合は慢性腎臓病が進行し、末期腎不全の状態になっている。


いずれ人工透析が視界に入ってくると思う。


しかし、これは気分の持ちようで、人工透析がなかったひと昔前なら末期腎不全になれば尿毒症で完全に死んでいた。




私は猫を七匹飼っているが、そのうちの1匹が最近、腎不全で死んだ。


老衰もあったが、猫に人工透析が可能ならまだまだ生きることができただろう。


人間に人工透析があることのありがたさを皮膚感覚で実感した。


人工透析によって伸びるであろう寿命を、自分と社会のために極力有益に使いたいと思う。




50歳になったときにはやりたいことが100くらいあった。


あれから10年経って、やりたいことを10くらいに絞り込まなければなくなり、人生の持ち時間がいよいよ限られてきたことを実感する。




第三は家族との関係だ。




家族に関しては、既に孫がいる人、子どもが大学や大学院に通っていて多大な財政支援を続けなくてはならない人、子どもがいない人、あるいはシングルで還暦後の生活をすごさなくてはならない人などさまざまだ。


これらすべてのケースについて網羅的な処方箋を示すことはできないが、お金の使い方、取り分けの仕方については詳しく記した。


各人の状況に応じて臨機応変に活用してほしい。




イエス・キリストは「隣人を自分のように愛しなさい」(『マタイによる福音書』22章39節)と述べた。


それには、まず自分自身を愛することだ。


そのうえで、自分を愛するのと同じ気持ちで、他者に何らかの具体的奉仕を見返りを求めずに行うことが重要だと思う。


一人一人の小さな勇気と善意の集積が、コロナ禍で閉塞した状況に置かれている日本を着実に善い方向に変化させていくと私は信じている。


2021年5月10日、曙橋(東京都新宿区)の仕事場にて


佐藤優



第1章


還暦からの「孤独」と「不安」


環境の激変を受け入れる力


から抜粋



60歳をすぎてからのビジネスパーソンは、大きく2つの精神的な問題と向き合うことになります。


それは環境の変化によって生じる不安感と孤独感の2つです。




だいたい55歳になるころ、多くの企業では役職定年があります。


そこから一般職となり数年後に定年を迎え、さらに希望すれば再雇用、というのが一般的な流れでしょうか。




55歳を超えれば、誰もがどこかで一線を退くことになる。




ただし、頭では分かっていても、気持ちが追いついていないという人もいます。




再雇用で月収が20万円程度しかもらえなくなったというケースもあると聞きました。


年収250万ほどで、役職についていたことの5分の1、6分の1です。




頭では分かっていても、現実として収入が減っていくことの不安は深刻です。




環境の変化、特に収入の激減が不安となってのしかかってくるのが60代です。



50代までの生き方をシフトチェンジする


から抜粋



過去の自分がどんなに華々しく勢いがあったとしても、それはあくまで過去の話。


今の自分と自分が置かれた立場や環境をしっかり見すえる。


そのうえで、過去と違った価値観で、違った生き方をする必要があります。




これを言い換えるなら、「リセット」という言葉がふさわしい。


それまでのものを一度リセットして、新たな気持ちと視点で人生を再スタートするのです。




私自身は、その価値観と人生の転換=リセットの時期が他の人よりも早く来たという感覚があります。


それはご存じの通り、2000年に背任と偽計業務妨害という容疑で逮捕され、512日間勾留されたあと、裁判で7年間争って外務省を失職したことが契機となりました。




それまでの外交官という職業を離れ、作家として第二のスタートを切ることになったとき、自分の中で一度いろんなものをリセットしたのだと思います。


リセットせざるを得ない状況でもありました。


もし、それが上手くできていなかったら、わが身に降りかかった不遇や世の不条理をいつまでも嘆いたり、恨んだりして、負のスパイラルに陥っていたでしょう。


そうなっていたら、今の私はなかったはずです。




私の場合はイレギュラーなケースですが、一般的には60歳、還暦を迎える前後で価値観と人生のシフトチェンジが求められます。



肉体と健康に完璧を求めない


から抜粋



「リセット」というのは、言い換えると「捨てること」であり、「あきらめ」や「諦観」に近いものかもしれません。




それまでの自分が積み上げてきたものを一度白紙に戻す。


言葉で言うのは簡単ですが、実践するのはなかなか難しい。


人間は、自分のこれまで置かれてきた環境にどうして固執してしまうからです。




仏教では執着ことがすべての苦しみの根源であるとして、その克服を説きます。




もちろん、若い頃は欲望や願望を叶えるため、競争に勝ち抜くために色々なものにこだわり、執着することが原動力だったでしょう。


しかし60歳を過ぎて同じように執着していたら、現実との埋めがたいギャップに苦しむだけです。




例えば肉体の衰えもその一つ。




実は私自身の肉体にも危険信号が点滅しています。




いわば爆弾を抱えたような体ですが、今さら嘆いたり暗くなったりしていても仕方ありません。


人工透析にかかる時間や労力などを今から頭に描き、私自身の余命を冷静に考えて、仕事や生活、家族との時間のすごし方を考えています。




こういう問題には感情に流されず、淡々と向き合うのが一番です。




リセットすること。


そして新たな価値観と視点で人生のゴールに向けて再スタートを切る気持ちが大事だと思います。



第3章


還暦からの働くことの意味


「体が動く限り働き続ける」が当たり前


から抜粋



リタイアして悠々自適、旅行や趣味に時間をとってのんびり暮らすーー。




今となっては遠い昔話のようです。


現在、どれだけのビジネスパーソンが「老後にはのんびり悠々自適な生活が待っている」と考えているでしょうか?




それどころか、退職金も年金も心もとない。


地震や疫病など、突然の厄災がいつ何時襲ってくるかわからない…。


貯金を減らさないように、できるだけ長く働いて収入を確保し続けたい。


そう考えている人の方が多いでしょう。



「時給850円の自分」を受け入れる


から抜粋



正規雇用で雇われる人はまだいい方です。


非正規雇用として働いた場合、年収はもっと減るでしょう。




仮にパートやアルバイトといった時給計算なら、地域によって多少の違いはあるのでしょうが、850円から1000円くらいの間。


たまに条件のいいもので1200円くらいといった感じでしょうか。




それまで時給換算でその数倍以上の収入を得ていたような人でも、これが現実です。



還暦からの仕事、5つのパターン


から抜粋



 





①キャリアを生かして正規雇用を狙う


→民間人材バンク、縁故、求人サイトなど


②キャリアを生かしてスペシャリストとして働く


→民間人材バンク、求人サイトなど


③キャリアに関係なく業務委託、非正規雇用として働く


→シニア人材派遣登録、求人サイト、求人広告など


④趣味と興味を生かした仕事で働く


→求人サイト、求人広告、ネット通販など


⑤ネットを利用して働く


→スモールビジネスや各種代行業など




還暦からの仕事にこそ働く喜びがある


から抜粋



還暦後は目線を変えて仕事と向き合うことで、かつては感じることのできなかった仕事の楽しみや喜びを味わうことができる。


実はこれこそが本当の労働の喜びであり、仕事の本質なのかもしれません。



付録


池上彰 x 佐藤優


リタイア後、「悪くない人生だった」と言えるかどうか


仕事に継続性がある人は幸せ


から抜粋



▼池上


会社人生を考えたとき、リタイアしたあと、前の職場や自分を全否定しない働き方をすることが大事ではないでしょうか・


「結局、そりゃ失敗もいろいろあったし、イヤな思いもいろいろしたけど、全体としてはまあ良かったよね」と言えるような働き方をしたいものです。




▼佐藤


よくわかりますね。


池上さんはNHK職員時代の前半と、独立した後の後半の二つの時代があって、仕事の方向性に乖離(かいり)がないのは素晴らしいことです。


たとえばNHKを辞めた後にNHKを叩く人、朝日新聞を辞めた後は朝日新聞を叩くのに残りの人生を賭ける人がよくいる。


それが残りの人生ということになると、あなたの前半の人生はなんだったの?って話になる。




▼池上


そう思います。


佐藤さんは前半と後半であれだけの”断層”があっても、やっぱり外交や国益を一番に考えている。


これは大事なことですよ。




▼佐藤


自分の前半生を否定する人は、後半の人生も否定することになると私は考えます。


それはさみしいことです。


ロシアのプーチン大統領は、「インテリジェンスの仕事をする者に、元インテリジェンス・オフィサーは存在しない」というのです。


つまりその仕事についたら、終生その職業的良心からは離れることはできないのだと。




▼池上


どんな仕事であれ誠実に向き合った人はそうなるでしょう。


そうやって自分の仕事に真摯に向き合えた人こそが、幸せになれるのだと思います。



佐藤優さんの書は何冊かあるのだけど


しっかり読んだのは初めて。


この時期にプーチンをポジティブの視座で


引かれるのはある意味すごい。


ところで佐藤優さんの本への


きっかけはいつものように養老先生でした。





〈自分〉を知りたい君たちへ 読書の壁



  • 作者: 養老 孟司

  • 出版社/メーカー: 毎日新聞出版

  • 発売日: 2022/02/19

  • メディア: 単行本(ソフトカバー)






世界を読み解く方法論


地球を斬る


から抜粋



著者の佐藤優は、その作品が今日本で一番読まれている著作家の一人であろう。


インテリジェンスという言葉を一般に普及させ、その重要性をあらためて認識させたについては、著者の功績が大きいといって良いと思う。




本書はさまざまな国際的なできごとについて、新聞紙上でその背景を解説し、インテリジェンスとはなにかを具体的に説明したものである。




佐藤優という現象は、日本の近代が抱える本質的な問題を象徴している。


評者にはそう見えるのである。


(2007年6月24日)



元外交官であることと背任で逮捕され


いわば挫折された視点で、


世界や現代日本の病巣を眺めて


持論を展開できる人はほぼいない。


”インテリジェンス”という語は、そういえば


養老先生ご指摘のように佐藤優さんが


オーバーグラウンドで活躍されてからで


日本での知的な貢献度合いは甚大です。


余談だけど、養老先生のおっしゃる


近代日本が抱える”本質的な問題”とはなんだろう。


本文では後藤新平と関わりがあるとご指摘。


こちらも自分は現在研究準備中。


養老先生が取り上げると俄然興味が沸くという


”癖”のようなものを抱える自分にとって


また新たなテーマにぶつかったなあ、と


いくら時間があっても足りないと悲しいのか


喜んでいるのかわからない夜勤明けの


ボーっとした頭で併読してみたのでした。