正宗白鳥著:北遊記(年度不明)

便利な世の中になったものだ。
芭蕉が、旅に死するは天命なりなどと言って、
とぼとぼと辿った土地を、寝台で微睡むうちに通り越し、
夜、上野を立った私どもは、翌朝は青森に着いた。
物質文明の時代に生まれた有難さは感ぜられるが、
天地自然に親しみ、旅行を人生の修行とするには、
汽車も自動車もなかった時代の方が効果が多かったに
違いない。
読書も同じことだ。
ようやく手に入れた外国の書物を、辞書を頼りにポツポツ
読んだ時の方がしみじみと身に沁みて味われたので、
容易に得られる安価な翻訳書に
よってすらすら読むのではかえって感銘が
薄いのではと疑われる。

いつの時代も新しいものが登場すると、 常にこういう感慨になるのだろうか? 今ならさしずめ、「紙書籍」と「電子書籍」も同じくだろう。 というか、「リアル」と「デジタル」なのかもしれない。