ザ・知的漫才 結局わかりませんでした (集英社文庫)



  • 作者: ビート たけし

  • 出版社/メーカー: 集英社

  • 発売日: 1999/07/16

  • メディア: 文庫




初版時は90年代半ば、バブル弾けて

北野監督バイク事故の数年後、

一流の学者先生たちとの対談本。

内容は時事ネタから監督の興味のあるものや


多岐に渡り、今でも読み応え充分で


最初は養老先生目あてだったものの


松井先生のものが一等響いた次第でございます。


第1章


松井孝典


Part1 愛は地球を滅ぼす。



たけし▼


なんか、人間の考え出すことなんてたいしたことねえな、というのは感じますね。


たとえば、映画やアニメの怪獣とか、ありますよね。


円谷プロなんかが作るやつ。


いや、べつに円谷プロがカッコ悪いっていうんじゃなくて。


たとえ、どんなアーティストが自由に、思い通りの形・色彩で生き物を創造したとしても、実際の動物より独創的であったためしがないじゃないですか。


ナポレオン・フィッシュとか、ああいうのを見ちゃうと、とても人間の脳では考え出せないなと思っちゃう。


単細胞からずうっと進化してきたスゴさっていうか、自然のスゴさですよね。


もしかすると、人間なんて足元にも及ばないような、圧倒的な創造力があって、ああいうものを作ったんじゃないかって、そういう気もしてくる…。




松井▼


そう。少なくとも人間の知性は、自然を超える知性ではない。


そもそも我々が持っている知識なんて、すべて自然から学んだものですよ。


今、たけしさんは生き物を例にとって進化論で語ったけれど、物理だって化学だって、科学はすべて自然を観察するところから始まるわけです。


自然現象と、その背後にある規則性を分析して、法則というものを導き出してゆく。


そしてその法則を基に、人間にとって役に立つ技術を発展させながら、また、今度はそれを用いてより深く自然を観察するということを人間は繰り返してきたわけです。


膨大な知識といっても、人間が蓄積してきたものは、自然を超えるものではない。


じゃあ、自然界には存在しない、人間の持つ創造性ってなんかのかと訊かれれば、僕は二つしかないと思っている。


宗教と芸術ですよ。




たけし▼


以前、どこかのデパートで『ネアンデルタール人とクロマニヨン人展』というようなのをやっていて、オイラも行って見てきたんですよ。


ところが、そこにディスプレイされていた絵が間抜けで、大笑い。


美術学校で古典から現代美術と言われるものまでひと通り絵の勉強をした人が描いたんだろうけど、5万年前の原始人にはかなわないんだ。


ああいうのは、いったいなんなんだろうって思いますね。




松井▼


そういうのがまさに、時代を超えた個人の能力じゃないですか。


やっぱり芸術と宗教というのが、いちばん人間の創造性を発揮できるところでしょう。


それに比べれば、僕のやっている自然科学というのは大したことない。


だって教材があるんですから。


自然を教材にして、一生懸命勉強しているだけのことです。



単なる謙遜には思えない、高い視座でのファクトって


崇高で近寄りがたいものがあるなあと感じた。


共振する二人の達人みたいな。



たけし▼


宇宙の終わりというのは、どういうものなんですか?あるんですか?




松井▼


宇宙というか、”生命の存在する宇宙”の最後というのは、すべて鉄元素一色になって終わるんですよ。


これは、星の中での元素合成を考えてみればいいんだけど、まず水素から燃え始めるでしょう。


水素が燃えてヘリウムができて、ヘリウムが燃えて炭素ができてと、順々に思い元素ができてゆく。


そうやっていって、いちばん最後に到達するのは鉄元素なんです。


鉄の原子核というのが、元素の中でもっとも安定している。


言い換えると、最もエネルギーの低い状態ですね。


燃えるものがなくなって最後に星が爆発する時に、その爆発のエネルギーで鉄より重い元素も作られることもあるんですけど、それは安定じゃないから放射壊変して壊れていってしまう。


とにかく鉄の元素がいちばん安定。


だから、宇宙に鉄がどんどん濃縮されていって、生命の材料となる物質がなくなって、終わりを迎えるんです。




たけし▼


つまり、宇宙全体が鉄の塊になるわけですか…?




松井▼


そう。


星も輝かないし、人間もいなくなるし、真っ暗になって終わり。




たけし▼


なんか暗くなってきちゃったなあ(笑)。


真っ暗になって終わるんだったら、どうでも良くなっちゃったりして。




松井▼


地球だって、あと50億年もしたら星自体がなくなっちゃうんですよ。


どんな巨大なピラミッドを建てようが何をしようが、ガスになって宇宙空間も散っちゃうんだから。




たけし▼


地球は、どうやって終わりになるんですか?




松井▼


地球が終わるより、その前に生命がいなくなるのは、もっと早いですよ。


というのは、海が蒸発しちゃいますからね。


でも、その前もまず大気中の炭素が少なくなるから、極端に例外的なものを除いて、普通は生命は存在しづらくなる。


まあ、当然、人間はダメですね。


今、二酸化炭素が悪役になっているけど、生命にとって炭素は非常に重要なんですよ。


炭素があるから、地球が今の地球でいられるわけだし。




たけし▼


その、炭素なくなるとか海が蒸発するっていうのは、どうにか防げないんですか?




編集者▼


そうですね。自分が生きている間には、そんなことは起こらないとわかっていても、なんだか憂鬱になってきちゃったし。




松井▼


防げなくはないだろうけど、その頃にはもう、あなただけでなく、人間という種がいなくなっていると思いますよ。


生物界には絶滅の周期性というのがありますから。


1億年も2億年も、高等生命の同じ種が生存するなんてありえないんです。


どんなに長くたって2千万年かそこらでしょう。


ましてや人間みたいに複雑なものになると、余計それが短くなる。


人類の原型が登場してもう、数百万年経っているわけだから、そろそろ絶滅してもおかしくないですよね。




編集者▼


そ、そんなあ…。




たけし▼


そんなって言ったって、しょうがねえだろう。


まあ、子孫や地球の最後を心配するより、自分の生き方でも考えるんだな。




松井▼


そう。


何度も言ってるじゃないですか。


しょせん人間なんて、考えることもたかが知れているし、ちっぽけな存在なんだ、と。


ただ、それで投げやりに生きるか、何かを極めてから死ぬか、その差ですよ。




たけし▼


おいらは、あがきますよ。


あがくのが楽しくて生きてるんだから。



松井先生、以前拝読したものも、


興味深い地球、宇宙の未来。


鉄の塊になるってのもなんですが


極めてから、っていうのが深い、というか


そうありたいと思う、単純に。


終末観に言及されているのは当時


世紀末という時代背景も若干あるのかなあと。


第二章


養老孟司


Part2  脳は神様の声を聞けるか!?



養老▼


そもそも、親が子供の脳を自分の思い通りにできるなんて考えるのが大きな間違いなんですよ。


それにたとえば、脳の中の記憶のメカニズムだとか、そういう基本的な部分もまだわかってないのに、「あなたのお子さんも天才になれる!」なんてやっているところは、どっかでひどい手抜きをしてるに違いない。


ただ、これにはいろいろなレベルで実験されているんだけど、たとえば子猫の頭を固定して縦縞しか見せないようにすると、脳の中の、横縞に反応する細胞がなくなってしまうんですよ。


あと、人間でも狼に育てられて言語とまったく接触しなかった少年なんかは、言語を司る部分ができてこない。


人間の脳の、言語という機能を生む部分などは、初めから言語を担当すると決まってるわけじゃなくて、ほかの機能と取り合いになるんですよ。


また人間みたいに脳が大きくなってしまうと逆に、他の動物が自然に一人でやっていることでも親が教えないとだめという面がありますしね。




たけし▼


脳がデカくなると、作っちゃいけないものまで作ったりとか、いらぬことも始めますよね。


嘘もつくし。


昔、単細胞のような単純な生き物だった頃は、嘘なんてなかったはずなのに。




養老▼


たけしさんが言った「いらぬこと」を僕は”余分”と言ってるんです。


脳に入ってくる情報と出ていくのがイコールだったらそれは生まれないんだけど、人間は必要のないことまで知ってしまうから、余分が出てきちゃう。


人間なんか、ほとんど余分の塊ですよ。


「ものを考える」なんて典型でしょう。


外から見たら何もしてないんだから、本当に無駄。


だから「下手な考え休むに似たり」というわけでね。




たけし▼


芸術もそうだけど、お笑いなんてのも、その余りの部分を刺激して喜んでるんだよね。



この頃の養老先生の世間でのパーセプションは


東大教授で脳科学者という面がかなり強く、


(まったく間違ってはないけれど)


話題もそれに終始していて


この頃から先生の態度というか物腰というか、は


基本は変わってないのだなあと感じた。


この後の快進撃、超ベストセラー連発作家となるも


これはご著書で何度もご自身で仰ってもいますが


自分が言っていることは何も変わってない、と。


『バカの壁』以前の存在感が伝わるという意味で


貴重でございました。ってマニアックすぎだよ。


余談だけれど、北野監督、この動画を見ると


宇宙とか科学が好きそうだなあ、と思わせる歌詞


だと常々感じていたことが確信となった


とても寒い1日でございました。