中央公論特別編集-彼女たちの三島由紀夫 (単行本)



  • 出版社/メーカー: 中央公論新社

  • 発売日: 2020/10/20

  • メディア: 単行本





対談相手:石井好子 シャンソンを語る(1955年)


三島由紀夫30歳 石井好子32歳


シャンソンというか、フランスを語るって感じ


石井好子さんは亡くなるすこし前、


これまた亡くなったうちの母親がステージを観て、


CDを購入してきただけあって、


なんとなく通じる反骨精神を感じ、


それを自分も継承してしまったんだなと妙に納得。



▼三島


フランスでは。コンセルヴァトワール(パリの音楽学校)


などを一番で卒業した人でも、仕事がなくて、


カフェーあたりを流している人が一杯あるね。


 


▼石井


そうなの。


 


▼三島


そんな風に、競争者が多いから、フランス人は、


芸というものに対して、決していい加減な


考えを持っていないね。実に厳しいんだ。


 


▼石井


そう、もの真似を、極端に嫌うのよ。日本では、割合に、もの真似を好きらしいけれど。


 


▼三島


日本では、殊にジャズ歌手なんか、誰かに似せなければ売り出せないよ。


 


▼石井


向こうじゃ、誰かに似ちゃわないように、


自分の個性を出すということに、とても苦心し、努力するのよ。


有名なシャンソン歌手の半分は、エディット・ピアフにしても、イヴ・モンタンでも、みんな歌詞にアクセントがあるの。


そしてそれがよく生かされて個性になっているのね。


私は日本人だから、どうしたって舌足らずのところがあるでしょう。誰の真似でもないでしょう。


 


▼三島


それが魅力になり、個性になっているんだな。




▼三島


パリの劇団というところは、そういうふうに


芸そのものに厳しい一方では、情実か金か、


っていうことが、とてもあるんですよね。


その金も、自分の金じゃない。パトロンが出すんだ。


劇団内部の、ちょっと人には言えないような関係ってのは、日本どころじゃないでしょう。


 


▼石井


確かに一方では、おっしゃる通りよ。


人気が出てきた歌い手とか踊り子なんかには、すぐパトロンの手が伸びてくるの。


私ね、ある劇場に出ている時に、突然、舞台の数を減らされちゃったのよ。


そこの有力者が、パトロンの誘いをかけてきたんだけど、もちろん、お断りしたでしょう、その腹いせなのよ(笑)


 


▼三島


フランス人らしいね。


 


▼石井


だからって、いうこと聞くことはできないわ。


どんな目に遭わされたってとにかく…


私には、歌の才能なんてものが特別あるわけじゃないんだから、自分一人で、人に頼らないでコツコツやって、その努力がどこまで勝つか試してみよう、っていう気持ちで歌いまくったわけなの。




▼三島


ケチは、フランスの有名な国民性だからね。


バルザックの「ゴリオ爺さん」なんてのは、ケチの標本だけど。日本では京都がそうだっていうけど。


古い文化を持ったところではケチですよ。


そこへゆくとブラジルなんかは、新開地だからケチじゃないんだ。


 


▼石井


ほんとうに私、フランス人ほどケチなの見たことがないわ。


楽屋へサンドイッチを売りにくるでしょ。


そのサンドイッチの大きさが、外で売っているのよりこれっぽっち、ほんの小さいってので、踊り子たちと売り手で、わめきあって喧嘩しているんだもの(笑)。


実際フランス人ってよく喧嘩するのね。


 


▼三島


自己を主張して、権力に屈しない国民だからね。


 


▼石井


そうなのよ。私たちの舞台稽古でね、振り付けの先生が、こうしなさい、と言っても、三十何人の踊り子たちが、まず口答えするのよ。


「私はそうは思わない、こうしようと思うのに」なんて、罵りわめくのよ。


足踏みして怒鳴ったりね。コーちゃん(越路吹雪さん)が、舞台稽古を見に来て、「ナンと喧嘩の多い国だ」って、あきれ返ってたわ。


そんなだから、楽屋は大変よ。


35人の女たちが、いらだった叫び声を、ひっきりなしにあげているんだから、阿鼻叫喚の有様になることがあるのよ。「メルド(糞)」「コション(豚)」なんてひどい言葉で罵っているのもいるしね。


 


▼三島


あとはけろっとしているんでしょう、言うだけ言ってしまえばね。


 


▼石井


そうなの。喧嘩はこれでおしまい、


というところに来ると女同士でもちょっとキスし合って、それでサバサバした顔してるわ。


(中略)


 


▼三島


その代わり、陰口は言わないようだね。


 


▼石井


陰口を言う人があると、怒るのね。


そして、言われてる人を弁護してるわ。


 


▼三島


日本でよく、窓口の役人根性なんて言うけれども、


向こうが本家だよ。


バルザックの「小役人」に、それがよく出ているけれど…。


 


▼石井


その窓口には、たいてい中年の小母さんがいて、意地悪をしなきゃ損だって顔しているの。


顔を剃らないから口ひげがはっきり見えるほど伸びててね。


その顔の通りに、意地悪の限りをするの。あんな人の旦那さんは厭だろうと思うな。



確かに、良い大人がサンドイッチの大きさで


喧嘩したりはないよな日本人なら。


それにしても、若い、三島由紀夫の口調が。


権威となる前の三島さん、30歳か。


当時珍しかった同年代で世を渡ってきた女性との貴重な対談。


若さってキープできないから、残酷だ。しかし年齢を重ねても


良いことがあるっていうのを知ることを拒絶してしまったのが


残念としか言いようがないですよ。


Wikiによると石井好子さんはその後、


87歳までご存命だったようで


その”スピリッツ”(今風なら”マインド”)は


加藤登紀子さんが継承されているようだ。