2冊の”10冊本”からレイチェル・カーソンを考察 [’23年以前の”新旧の価値観”]
■1冊目
第7章 沈黙の春 Silent Spring
レイチェル・カーソン 初版1962年 アメリカ
近代的自然観への反省 から抜粋
地球上で一番偉い存在は人間。
人間が地球を作りかえる。
美しい街や自然を人工的に作り出す。
カーソンはこんな近代的な自然観への反省を求めました。
その例が、楡の木の病気をめぐる対策でした。
1950年代、アメリカ各地で楡の木が枯れる病気が流行りました。
ニレノキクイムシが繁殖したのが原因でした。
この虫を退治するため、殺虫剤が繰り返し散布されます。
ミシガン州立大学構内で、楡の木に散布された結果は、それまで大学構内に多数いたコマドリの絶滅でした。
殺虫剤は、鳥には影響がないはずだと宣伝されていたのですが、殺虫剤はミミズにかかり、ミミズを餌にしていたコマドリの体内に殺虫剤が蓄積。コマドリが犠牲になったのです。
この経験をもとに、カーソンは、ニレノキクイムシを絶滅させることは現実的ではないことを指摘します。
発想を変え、環境を保護することで、
「これくらいなら何とか我慢できるという線で押さえつけておくのが良い」
と提言します。
そもそも広大な地域に、楡の木という一種類だけを植樹したために、こうした病気が拡大すると指摘し、いろんな木を植えることが、病気拡大を防止するとして、生物の「多様性」の大切さを訴えたのです。
2010年には名古屋で生物多様性を守るための国際会議が開かれるなど、今や「生物多様性」はキーワードとして知られていますが、1960年代に、この概念を主張したのは、カーソンの先見性を示すものでした。
私たちの住んでいる地球は自分たち人間だけのものではない
ーーこの考えから出発する新しい、夢豊かな、創造的な努力には
<自分たちの扱っている相手は、生命あるものなのだ>という認識が終始光り輝いている。
(中略)
<自然の征服>ーーこれは、人間が得意になって考え出した勝手な文句に過ぎない。
生物学、哲学のいわゆるネアンデルタール時代にできた言葉だ。
自然は、人間の生活に役立つために存在する、などと思いあがっていたのだ。
「世界を変えた」ってことが主軸で、
「豊かになる」10冊ではなかったがゆえに
その中には、オサマビン・ラディンが影響受けて
行動し、アメリカを、世界を変えた書籍も
入っていたので若干驚いた。
まごうかたなき「世界を変えた」だった。
話をレイチェル・カーソンにフォーカスし直すと
環境問題を提言するだけでも、あり得ない時代に
「ここまでなら我慢できる線」というギリのライン
今風に言うと寛容性を示されていたってのは、
すごいことなのではなかろうか。
時に1960年中盤になろうかという時代。
次も、偶然なのだけど、同時期に読んでた本の
レイチェル・カーソン女史の紹介でございます。
■2冊目
6 カーソン 「沈黙の春」
カーソンの予言は当たった から抜粋
『沈黙の春』が出版されてから40年経った現在、地球上には天国にいるレイチェル・カーソンの心を揺り動かすような出来事が多発している。
1976年7月10日、北イタリアのミラノに近いセベソという町で事故は起きた。
除草剤の2、4、5ーTやトリクロロフェノール(TCP)、殺菌剤のヘキサクロロフェンを作っていた工場の反応器が爆発したのだ。
付近に漂っていった塩素の匂いのする雲は、畑に、牧場にそして人間の上に細かいほこりを降り積もらせた。
1984年12月、インドのボパールで起きたアメリカの多国籍企業の化学工場爆発事故では、夜間だったこともあり、近くに住む2500人もの人が亡くなり、被害者は20万人以上という大規模なものだった。ベトナムで米軍によって使われた枯葉剤の後遺症もまた、大きい。
こうした事故は外国だけのものではない。
私たちの身近でも規模の大小はあれ、起きていることだ。
水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息をはじめとする大気汚染による喘息、カネミ油症事件など、枚挙にいとまがないほどだ。
60年も前の太平洋戦争が終わったとき、軍隊が埋めたと言われるヒ素を含む毒物によって地下水が汚染され、その井戸水を飲んでいた人たち、特に子供に影響がでて大きな問題になっている茨城県神栖村のことは、今現在のできごとなのだ。
レイチェル・カーソンを語り継いで から抜粋
彼女の作品の特徴は、科学者の目と詩人の心が見事に合流しているところにある。
海の三部作といわれる『潮風の下で』『われらをめぐる海』『海辺』は、いずれもベストセラーであるが海洋生物学者としての観察と検証をもとに、詩情豊かに語り、読者を海辺から深海へ、また遠くの島へと誘ってくれる。そこに登場する鳥や魚、貝などの海に生きる生物たちを目の当たりにする臨場感がある。
特に、彼女の没後出版された『センス・オブ・ワンダー』は、幼い甥と自然体験をもとに書かれたもので、自然界の不思議さに美しさに目を見張る感性の大切さを、美しい言葉で語りかけてくる。
「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないという言葉は、ともすれば知識偏重に陥りがちな日常を煮直してしまう。
彼女の感性が『沈黙の春』を執筆した原動力になっていることを実感した本だった。
「センス・オブ・ワンダー」という感性は、自然界に向けられているばかりでなく、人間社会、人類の文明に対しても敏感にはたらかなければならないと考えるからである。
科学者と詩人の目を持っているって
なかなかないだろうね。
柳澤桂子さんはご著書に、
よく詩や芸術を引き合いに出されるのは
珍しいタイプなんだよね、きっと。
というか、日本のレイチェル・カーソンといっても
過言ではない気がするな、柳澤さんは。